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横浜地方裁判所 昭和29年(ヨ)475号 決定 1954年7月19日

申請人 保田正次外五名

被申請人 日本ビクター株式会社

主文

被申請人会社は申請人石田に対し金一万三千六百五十七円から所得税法所定の金額を差引いた金員及び昭和二十九年七月末日以降毎月末日限り各同額の金員を支払え。

被申請人会社は申請人山崎に対し金一万八千四百七十七円から、同岩崎に対し金九千六百十九円から、同森に対し金八千三十一円から、同柏原に対し金一万一千八百三十八円から、それぞれ所得税法所定の金額を差引いた各金員を支払え。

その余の申請はこれを却下する。

申請費用は全部被申請人会社の負担とする。

(注、無保証)

理由

申請人等はいずれも被申請人会社の従業員であり、もしくはあつた者であること、申請人保田は被申請人会社従業員を以て組織する日本ビクター労働組合の執行委員長であり、その余の申請人等はいずれも同組合の執行委員であること、同組合がその事業の一として機関紙ビクターレイバーニュースを刊行していること、被申請人会社が右機関紙第四十三号の掲載記事につき被申請人会社の就業規則第百五十一条第九号、第十五号、第二十三号後段及び第二十四号に該当するとして昭和二十九年六月九日附を以て申請人保田同石田を各懲戒解雇に、その余の申請人を各懲戒休職一ケ月の処分に附したことはいずれも当事者間に争ないところである。

よつて次に本件の最も重要な争点であるところの本件記事を機関紙上に掲載したことが正当な組合活動であるか否かについて判断する。被申請人会社が不当な記事であると主張する各記事はいずれも「被申請人会社の従業員に対する苛酷な態度、殊にスパイを以てする従業員の監督、各従業員の尋問を無視した不合理な人事移動」「前組合書記長である訴外瀬沼進の被申請人会社退職前後の同人に対する被申請人会社の不当な圧迫」「被申請人会社の昇給案における上下階層の賃上げの不均衡」「被申請人会社生産品の品質の低下」等をあげて被申請人会社を非難する内容を含むものであるが、その目的は右非難の対象となつた事由を除去することにより、労働者たる組合員の労働条件を維持改善し、又被申請人会社の発展を通じて組合員の経済的地位向上を計るにあると認められる。上記の目的は各記事の有する客観的意味について、判断したものであるが、反証なき限り各申請人はいずれも主観的にも同様の目的を以て執筆し又は掲載を為したものと言わねばならない。被申請人会社は右各記事中

(イ)  労働不安を醸成するもの

(ロ)  経営者に対する誹謗中傷

(ハ)  会社の施策職制に対する揶揄讒謗

(ニ)  会社の信用失墜、業務妨害、名誉毀損

(ホ)  無根の事実

(ヘ)  経営の対内対外関係との離間のための中傷

(ト)  親会社の誹謗

(チ)  組合と妥結済の事項に対する不当攻撃文

を含んでいるから不当な記事であると主張するので、右各点について判断する。右(イ)については、本件各記事中組合員をして不安の念を生ぜしめる虞のある箇所なしとしないけれども、各記事の意図するところが前記被申請人会社の不当な態度を除去せんとするにある以上その不当に論及するのはやむを得ない道理であつて、労働不安を醸成せんがためのみに書かれたのではなく、労働条件の維持改善、労働者の経済的地位向上を目的として書かれたものが、たまたまその様な内容を含んでいても、それが為に不当な記事と為すことは出来ない。同(ロ)及び(ハ)について、被申請人会社の「経営者に対する誹謗中傷、会社の施策職制に対する揶揄讒謗」として主張する箇所は、必ずしも特定者に対する攻撃としての客観的表現を有しない部分もあり、又その他の箇所において明らかに経営者に対して向けられた攻撃であつても単に比喩的表現であつて、とりたてて咎むべき程度に至らぬものもあり、その他その箇所あるが為に前記認定の様な目的にも拘らず、その記事全体を不当ならしめる程強度な誹謗中傷或は揶揄讒謗はこれを認めることができない。同(ニ)について、被申請人会社が「会社の信用失墜、業務妨害、名誉毀損」として指摘する箇所のうち「ビクターラジオに今迄より質の悪い真空管を使うのは何故か」という趣旨の箇所以外はいずれも具体的な事実の摘示を欠いているから、信用失墜、業務妨害、名誉毀損等に当らぬと言わねばならない。又右真空管云々の点は疎明資料によれば現在被申請人会社においてラジオ部品として使用しているナショナル真空管は従来使用されていたマツダ真空管よりも品質が劣悪であると、少くとも一般ラジオ小売商等業者の間において理解されていた事実が一応認められるので会社に対する名誉毀損と言い得るか否かについて疑あるのみならず、前記認定の様に該記事の意図が会社生産品の品質の低下を憂え、これを是正して会社の発展を期待し、よつて以て労働者の経済的地位の向上を計るにあると認められる以上、組合活動としての側面から見た場合には該記事を不当なりと為すことはできないと言わねばならない。同(ホ)について、被申請人等が本件各記事中無根の事実として指摘する箇所中には具体的な事実の摘示を含むものと然らざるものがある。具体的な事実の摘示を含まない箇所については無根の事実という非難が当らないことは勿論である。又具体的な事実の摘示を含む箇所については、そのすべてについて、その様な事実が実際あつたという事の疎明が為されている訳ではないが申請人等が組合員の立場から見て、その様な事実ありと考えることが無理ではないという事態の存したことは疎明資料を通覧してうかがわれ、従つて特に疎明のない限り申請人等がそれ等の記事を執筆又は掲載する際に故意に事実をまげたということは認めることができない。然りとすれば、かりにそれら摘示された事実が実は無根であつたとしても、その点のみを捉えて、それ等の記事が不当であると為すことはできないと思われる。同(ヘ)について、被申請人会社が該当箇所として指摘する部分がことさら経営の対内対外関係との離間を意図したものであるとは文面のみから推定することはできないし、他にかかる意図を推測せしめるだけの疎明資料もないので、申請人等がそれらの箇所を含む記事をその様な意図を以て執筆し又は掲載したと認定することはできない。同(ト)について、親会社を誹謗することは法的には第三者を誹謗することと同様であるから、その様な箇所を含んでいたとしてもそれがために当該記事を執筆し又は掲載することが組合活動として不当であるとは言えない。同(チ)について会社及び組合間に交渉が妥結した場合において、その後何等かの事情の変更しない限り、組合が右妥結の結果に拘束せられ、同一事項につき会社に対し要求を為すことができないとしても、組合意思生成のための内部的意思発表の場であるところの組合機関紙において個々の組合員が右妥結済の事項につき会社側を攻撃することが許されないという道理はない。被申請人会社が指摘する事項については妥結済であることの疎明のないものもあるし、又妥結済であるとしてもその事項について会社側を攻撃することが不当であるといえないこと前述の通りであるから本件各記事はいずれも不当なものとすることはできない。

以上述べ来つたところで明らかな様に本件ビクターレイバーニュース掲載の各記事は日本ビクター労働組合組合員の労働条件の維持改善及び経済的地位の向上を意図したものであつて、各記事のうち局部的に措辞妥当を欠くものがあるとしても、それぞれの全体を通読すれば被申請人会社の主張する様な不当は認められないから、右各記事を執筆又は掲載した申請人等の行為は正当な組合活動であつたということができる。そうすると被申請人会社は結局正当な組合活動をしたとの理由を以て申請人等をそれぞれ解雇又は休職の処分に附したこととなり、右は労働組合法第七条第一号に反する無効な処分といわねばならない。故に組合専従者であることについて当事者間に争のない申請人保田を除くその余の申請人等はいずれも被申請人会社より解雇又は休職処分を受ける前と同等の賃金の支払を受ける権利を有するものというべきである。

そこで本件仮処分の必要性についてこれを検討するのに疎明資料によれば申請人保田を除くその余の申請人が被申請人会社より賃金の支払を受け得られないこと又は受け得られなかつたことのために生活が著しく困窮している事実が推測せられるので同申請人等に対しては賃金支払の仮処分を為す必要あるものというべきである。

申請人保田、同石田の両名は「被申請人会社は申請人等が被申請人会社の構内に立入ることを妨害してはならない」との仮処分及び「被申請人会社は申請人等所属の労働組合と団体交渉をするに際し申請人等を右組合側団体交渉員となることにつき妨害してはならない」との仮処分を求めているが、その前者については雇用契約上労務者は当然に使用者の事業場内に立入る権利を有するものではなく、その他申請人等は何故にこれに立入る権利を有するかについて主張をなしていないし、後者については同申請人等が被申請人会社対日本ビクター労働組合の団体交渉をなすにつき同労働組合を代表する資格を有することの主張並びに疎明がない(申請人等が日本ビクター労働組合の執行委員長又は執行委員であるということは当事者間に争ないところであるが、このことから当然に申請人等が団体交渉のための代表権を有するということは出て来ない。)から、右申請はいずれも理由がない。

よつて当裁判所は申請人保田を除くその余の申請人等に疎明資料によりそれぞれ申請人等が解雇又は休職の通知を受ける前三ケ月間の税込平均賃金又はこれより既に受領済の賃金を差引いた額であると認められる主文第一、二項掲記の各金額より税法所定の金額を控除した残額を支払うべきことを命じ、申請人等のその余の申請はこれを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 石川義夫)

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